おうちでできる「子ども哲学」

「自分の頭で考える力」を伸ばそう

「ママのイライラ」を哲学する① 「今しかない可愛さ」にイライラする悲しさ

ママの子育て中のイライラも、哲学を使えば自然と減ってくる。「ママのイライラを哲学しよう」シリーズです。最近気付いたのが、「子どもへの『イライラ』は『愛情の再確認』に変えられる」ということ。

先日次男が3歳の七五三を迎え、写真撮影へ行きました。次男の着物姿に成長を感じながら、「自分は彼の成長をきちんと見てこれたかな?喜べていたかな?」と考えました。

次男が2歳で末っ子長女が生まれ、それからちょうど半年。この半年間、2歳〜2歳半という一番可愛い彼の成長をちゃんと見て喜べたかというと、65点というところでしょうか。「すごーい!」と喜ベる余裕のあるときもあれば、「ちょっと今は勘弁して」と思うときもあった。

では、具体的に何にイライラしたのか? 考えてみると「親が子どもにイライラするポイント」って、「必ず終わりがある行動」であり、「今しかない可愛さ」でもあるんですよね。

たとえば夜泣き、後追い、イヤイヤ、こぼす、危ない行動、大人の想像を超えた遊び…などあると思いますが、どれもが必ず終わりがあり、期間限定。一生続くことはありません。

また、見る人が変われば「可愛く」もなります。祖父母世代にとっては、孫が何しても可愛いんですよね。いやいや親だって、ほんとうは可愛いもの。小1の長男は、次男のようなことはもうしなくなりました。ラクな反面、やっぱりどこか寂しい。「可愛かったよなぁ」と懐かしみ、「もう一回あの時に戻ってみたいな」とさえ思う。

とはいえ、渦中にいるときは「可愛い」なんて思えない。その原因の多くが、「人手不足」なんですよね。手伝ってくれる人が1人いるだけで、ママの物理的な負担が減る。「可愛いね」「成長したね」など視点を変える一言やアドバイスをくれる人がいるだけで、精神的負担も減る。

「あと一人」いないだけでママの心身の余裕がなくなり、今しかない可愛さにイライラしてしまう。それは悲しいことだなぁ…と今回思ったのです。現代的な悩みですね。

同時に、何だか親子共に損しているように感じる。一生に一度しかできない子育てであり、今という時間なのに、なんだかもったいない。

だからイライラしたら「今しかない可愛さ」を思い出すことにしました。それでも気分が上がらなければ、家事を怠けたり、家事も育児も怠けて自分の時間を作ってみる。それで戻る愛情と笑顔があるなら、一時の怠けくらいなんともないと思うのです。