親子育て 〜子どもと一緒に親になる〜

文章で子育て支援をしています。

子どもとの夏休みが楽しい理由5つ

今年は小2、年少、1歳との夏休みを過ごしています。子どもとの夏休み、今年は何だか楽しい。学校があるときより、体も楽なんです。その理由を考えてみました。

■子どもと出かけるのが楽しい。喜んでくれると尚幸せ

1番はコレです。子どもとの外出が楽しい。去年は末っ子がまだ4ヶ月だったので、全く出かけられなかったんですよね。元々出かけるのが好きな性格なので、キツかった。

まだ子どもが小さいのでプールに行ったり、電車に乗るなどの遠出はできませんが、アンパンマンの映画を見たり、科学館や図書館などには連れて行けます。

「どこへ連れて行こう」と考えるのが楽しいし、喜んでもらえれば、尚嬉しい。子どもたちがもっと大きくなったら、日本のあちらこちら、いろんな場所へ連れて行きたい。

全て子どもペースではなく、週1でカフェに付き合ってもらいます。これも結構な気分転換です。

■自分の時間をとり、頑張らない

夏休みですが、もちろん仕事はしています。お盆休みもありません。末っ子の昼寝中と、子どもらがテレビを見ていると気にしています。好きな仕事のため、仕事=自分時間なので、様々な欲求が満たされます。

それと、40日あるので、頑張るのはやめています。これはとても重要です。

夏休みは怒る機会が増える、という人も多いのでは。私も覚えがあります。特に夏休み最初は頑張り過ぎちゃうんですよね。子どもは楽しい夏休みなのに、イライラしたくない。なので、頑張るのをやめました。

午前中遊びへ行ったら、午後はダラダラします。その逆も然り。半分は頑張らずに、笑顔でなくとも、自然体の自分でいて、子どもたちがのびのびいられることを目標にしています。目標なので、できているわけではありません。

■子ども同士で遊んでくれる

下2人が年少と1歳になり、きょうだい3人で遊べるようになりました。きょうだい同士で遊んでくれる時間が増えたので、楽になったんだと思います。その分、兄弟喧嘩も増えますが。1日何回ケンカしたら済むのだろう、男子のケンカは激しいですね。

逆に大変だったのは、1人目が幼稚園時代と、2人目が2歳まででした。きょうだいで遊べないので、一日中付きっ切りでした。

■去年との比較が楽しい

これも大きいです。去年はできないことが多かったのに、今年はできることが多い。外出もできるようになったし、特に真ん中の子が成長して遊びが増えた。「こんなこともできるようになったのか」と子どもの成長を感じます。

■ご飯は子どもと作る

夏休みといえば大変なご飯作りですが、3人全員キッチンに入って作ります。長男は料理好きなので手伝ってもらえますし、次男は補助が必要なので大変ですが、一緒にやると時間が潰れる&家事も仕上がります。末っ子はまだ目が離せないので、安全を確保すれば近くにいてもらった方が良い。その他の家事も、子どもに手伝ってもらいます。

末っ子が3歳になったら、さらに5歳になったら、もっと楽しくなるんだろうな。子どもとベッタリ夏休みに一緒に居られるのは、幼稚園〜小学校の9年間だけです。一生のうちの9年と考えると、短い。

長いけど短い、短いけど長い夏休み。頑張らないで、「大変だったけど、まぁ、良かったかな」を目指して過ごしていきたいです。

ライターの仕事への原動力。

ライターという仕事は、理解のある人もいれば、ない人も相当に多い。何を言われても「これしかないし好きだからやる」と心は決まって揺らがないものの、感心するほど様々な反応が多いもので(年代によっても)、時々チクっとくることもある。

そして「傷付くのは努力か、決意か、気持ちのどれかが足りないのだ」と奮い立ち、明日への活力とさせて頂き、努力と決意と気持ちを重ねていく。そうやってここまできた、7年間。

今は子育てに関するコラムを主に書いていて、今後は子育ての中でも教育に力を入れていきたいし、目黒区の虐待事件からしつけ、愛情といった分野もテーマにしていきたい。

書くことが好きなんだけど、もっと微細に表現すれば、日々の中で考えること、発見することが好きで、行き着くところは結局哲学なんだと思う。「ビール片手に哲学話が一番あなたらしい」と言われた、その言葉が真実なのだと思う。

同時に、「あなたの文章には悪者がいない」とも言われるけれど、それは日々の生活から記事に至るまで、とても大切にしていることです。悪者がいるのではなく、人間には良い面と悪い面があるだけで。特に今は「子育て支援となる記事」を書くことをメインとしていて、みんなが、楽しく幸せであってほしい。

一方で、好きだし、自分らしい、その原動力だけで仕事ができるかというと、それも違って。

ライターの仕事は孤独なもので、編集さんもいらっしゃるけれど、仕事中はほぼ1人。99%1人で、昔からむしろそういった環境の方が向いているので、普段は問題ないのだけれど。「やっぱり人がいるといいな」とグッとくることはある。

旧友から久しぶりに連絡が来て、読んでると言ってもらえるのはとても嬉しい。記事を読んでもらえたり感想を頂けることも嬉しいのだけれど、連絡をくれるというアクションをとってくれたことが、さらに嬉しい。

様々なコメントを頂けるとことも、アクションを頂けることが嬉しいです。その中でも、少しでも気付きだったり、気が楽になってもらえたら、もう、、、幸せだ。

この原動力の威力は半端なくて、心の動きを例えるなら、まるで地上から夜空に上がる花火のよう。下から上へと心を上がらせてくれ、印象的で、綺麗で、余韻も長い。

まだまだ未熟者だけれど、今できることを、今感じることを、コツコツとやっていこう。

こういったことを思えるのも、夏ならでは、なのでしょう。

人生のベクトルが変わるとき

半分、青い。」を見ていると、人生を振り返ることが度々あります。

いま3児の育児をしながら、ライターをして、小学校英語指導者資格勉強をし、英語を勉強し直し、今年ははじめて幼稚園の役員も経験して。5分をも大切にする日々の中で、「時は金なり」という言葉が身にしみながら、今までで一番時間があったのはいつだろう?と振り返りました。

大学時代が、やはり一番時間がありました。社会科の教職をとっていたので4年生でもびっしり授業はありましたが、それでも今よりは時間はあった。当時は後悔しない大学時代をと思いつつ、いま振り返ると、やれることはたっっっくさんあったはず。

ライターの仕事は当時から一番やりたいと心に決めていたから、いくらでもやりようはあった。就活も、然り。

なぜ、できなかったのか。

いろいろ理由をつけてみるものの、結局は自分の決めた道を突き進む勇気がなかったんですね。

親のため、世間的に、安定のため…何かと理由をつけたがるのは、一番大切な気持ちの部分が欠けているから。当時はそのことに気付かなかった。

それから26歳で長男を出産して、人生のベクトルが変わりました。

一人の命は尊い。人生は思ったよりも短い、好きなことだけしていても足りないくらいに、世界は広く深い。だから好きなことから始めよう、一番好きなことだけをしよう。そう決めたというより、そういうものなんだと腑に落ちたというか、そういう考えが自分の中にストンと入ってきて、一番しっくりきた。

当時は早めの出産に自分でも考えるところがあったけれど、大学卒業後自分の人生を歩めていなかった私にとっては、今では感謝しかない出来事です。

慣れないこともしてみるもの。自分とは正反対の職業に就くことで、逆にできないことは手放すことができました。人は自分にできることしかできないし、できることに時間を費やせばいい。これが頑張れば何とかできることだったら、また何かと理由をつけて、やらなければならないと義務感を抱いていた気がする。

間違えることも、人生には必要なんだな。実際に自分で間違えてみないとわからないことは沢山あって、間違えたからこそ、こうだと決めて突き進むことができる。

そしてそれはこれからも、多かれ少なかれ起こることだろう、それが人生なんだろう。これから何十回あるのかな。

いずれにしてもその時々の自分の気持ち、芯の部分を一番大切にしていこうと思います。

母子手帳1冊じゃ足りない

こちらの記事を執筆しました。

headlines.yahoo.co.jp

 

妊娠すれば、女性は母子手帳を配られます。

その後は妊婦健診を受け、妊娠中に母親学級があり、産後は1ヶ月健診、3ヶ月検診、6〜7ヶ月健診、9〜10ヶ月健診、1歳半健診。これらは自治体によって異なりますが、集団で行われるか、小児科に行くかでしょう。

人間1人を育てるのに、これだけじゃ足りません。

以前までは足りていたのでしょう。祖父母と同居し、近所や親戚などとも頻繁に顔を合わせた時代なら、自然と育児の知識はついた。現代の育児の知識もゼロ、経験もゼロの女性に、里帰りが終わったらたった1人、密室で育児しろと言われても無理でしょう。

虐待の対策も必要だし、産後鬱や産後クライシスへのケアも必要ですが、そうなる前にできることがもっと、もっとあると思います。

子育て支援センターも児童館もありますが、正直使いにくいです。私は行きますが、行かない、行くのをやめたという声はよく聞きます。

「子どもは社会のもの」というならば、具体化を。

記事にも執筆しましたが、たとえば特に1人目の未就園児を持つママは孤独になりやすいので、地域の公民館などで2週間に1回など集まるようにする。「定期的に」「同じメンバー」が集まる、という部分が大切で必要です。

一方で高齢者の孤立化も叫ばれていますが、高齢者と子育て世代を繋ぐ方法も考えられそうです。個人的には小学生の登下校中、高齢者の方の目がもっとあると有難い。

自治体ができることが、もっとあると思う。

ペンは剣よりも強し

目黒区の虐待事件を知ってから、心に重い塊のようなものがあるような感じで、スッキリとしません。こういう時は書くに限りますね。

一昨日、園の行事がありました。事件と同じく、5歳の女の子が沢山いました。みんな髪を可愛く結ってもらって、ハツラツとしていて、笑顔で。このくらいの年齢の女の子は、仕切り屋さんだったり、オシャレにこだわりがあったり、しっかりしている子が多いですよね。長男が年長のとき、よく女の子たちにお世話されていたのを覚えています。彼女たちの笑顔を、悲しい気持ちで、眺めていました。

小2の長男の、5歳のときのことを思い出します。以前「5歳で義務教育」という話が出ていましたね。当時長男と話していて、5歳というと幼稚園児より、もう小学生に近いと感じた記憶があります。

5歳にもなれば長期間の記憶力もありますし、複雑な感情も持ち合わせているし、理解力もあり、他人を思いやりもある気持ちもあります。大人とほとんど変わらない会話ができます。

第一子長女で、大人しい性格、さらにあれほどの文章力のある結愛ちゃんですから、優しく、思いやり深く、賢い子だったことが想像できます。結愛ちゃんは何を思っていたのか…想像を絶します。

私の祖母は肺がんで亡くなりましたが、最後は餓死と同じ状態でした。嚥下障害になり、医師からはこうなるともうダメだと話され、最後の2週間は食べることも飲むこともできませんでした。水分を取るだけでむせて死んでしまうから、あげてはいけないという指示があるんですね。

でも、意識も頭もしっかりしており、胃だって元気なわけです。ただ飲み込めないだけで、体は元気。7月の、暑い季節のことです。

飲食禁止になってから亡くなるまでの2週間、祖母は食べ物や飲み物の話しかしませんでした。当時は長男がまだ生後半年で、病院まで距離があるので2日に1回お見舞いに行っていましたが、「一口でいいからかき氷が食べたい」「いなりずしが食べたい」「内緒で水を持ってきてくれ」そういう会話ばかりでした。

「これだったら死んだほうがマシだ」とも言ったそうです。

祖母の死後、最期を見舞った母と私は、精神的にショックを受けました。祖母が亡くなったことはもちろん、その亡くなり方に対してです。最期あのようになってしまうんだったら、何で生きているんだろう、生きるとは何だろう、そういった考えばかり巡った記憶があります。母は半年ほど寝てばかりいたそうです。

今回の事件の父親は、何を思って119番したのでしょうか。

先日長女が痙攣を起こして119番したとき、無意識のうちに「助けてください」と私は叫んでいました。救急車が到着するまでは生きた心地がせず、お願いだから助けてほしい、その気持ちでいっぱいでした。

病院にも連れて行かないのに、最期になってかけた119番は、何のための救急要請だったのか。

ただ、もう人間ではなくなっていたことはわかります。人のできることでは、ありませんから。理解できなくて当たり前なのだけれど、やりきれない。

自分が何を思ったとしても、何ができたわけでもない。けれど、やりきれなくて、結局書くことしかできないけれど。

こういう辛い出来事があるたび、思い出すのが、予備校時代の小論文の授業です。

当時ジャーナリストを希望していた私は、「戦地で取材中、目の前に銃で打たれそうな女の子がいます。あなたは彼女を助けますか、それとも写真を撮りますか」という小論文で、自分はジャーナリストに向かないことを知りました。

同じ問題で、「戦争を止めたいと思ったら、あなたはどんな職業に就きますか」という問いがあったんですね。政治家ではダメなんです。政治家は身動きがとりづらいという話でした。そのときの問いの答えで哲学科に進学することを希望しました。

「ペンは剣よりも強し」-それが原点にあることを、今回の事件でまた思い出しました。

何かあるたびに戻るのは、いつも同じ原点。もう一度自分の行動を見つめ直そうと思います。

私たちは「子どもの人権」を意識できているのか

目黒区の船戸結愛ちゃんの虐待事件のニュース、涙をした方も多いでしょう。新たな報道が出るたび、目を通すのも心が痛いけれど、逃げてはいけないと思い目を通しています。

一つ一つの事件は比較できるものではありません。けれども今回の事件ほど、苦しく、辛く、考えさせられる事件はないのでしょうか。それは結愛ちゃんが残してくれた、文章のおかげでもあるでしょう。

虐待のニュースを目にするたび、自分が傷付いたところで、こういったニュースがなくならないことと、自分の無力さに落ち込みます。

自分には何ができるのか。

1人でも多くの子どもが、子どもらしく、子ども時代をのびのび過ごせるために、自分には何ができるのか。今までも考えていましたが、今回ほど、改めて考えさせられることはありませんでした。

子どもには、大人しかいません。大人が手を貸さなければいけない、大人が、守らなければいけない。それは見返りも何も生まれない、生き物として、ごく当たり前のことです。

自分もその一つの手として、子どもに関わることに人生を捧げると決めました。今は文章で子育て支援をと思っていますが、執筆分野を狭め、取材を増やしていくつもりです。取材記事にしようと思ってるのは、甘えとしつけについて。同時に、直接子どもと関わる仕事に受けて勉強中でもあります。

日々の忙しさの中にいると、そして現代のように孤立して育児をしていると、子どもの人権を忘れそうになることは、私も毎日あります。自分より大切な存在なのに、小さいからという理由だけで、大人には言わないようなことを言ってみたり。

虐待は、親側の心の問題とも言われていますよね。環境のせいも大きいでしょう。改善点は山ほどありますね。

日本は1994年に国連の「子どもの権利条約」に批准しています。

www.unicef.or.jp

子どもの権利が重視される世の中になるよう、コツコツと努力していきたいです。

我が子のけいれんを目撃した親の心のケア

先日、1歳の娘が胃腸炎由来のけいれんを起こし、救急搬送されました。幸い予後はよく、けいれんを繰り返すこともなく、胃腸炎も治り、今では元気に歩き回っています。

それに反して、目撃した私の心の戻りはゆっくりです。

子どもは様々な表情を見せてくれます。笑顔、怒った顔、ひょうきんな顔、甘える顔、泣き顔…その中でも、一生見たくないと思う、いや願う、親としてとても悲しい我が子の表情でした。

「けいれんした」と言えば一言ですが、それを目撃した親のメンタルのケアも必要だと感じさせられた出来事でした。

経験は、知恵になる。経験は生かすことができます。

同じ思いをされた方がいたら、ゆっくり話を聞き、気持ちに寄り添いたいと思う出来事でした。