おやこ哲学 Think&Debate

子どもと一緒に、親になる。

【アドラー心理学】私たち親は、子どもに怒りたくて怒っている

子ども哲学とつくからには、「哲学×教育」の紹介もしていきたいと思います。新たな考え方、物の見方の一つとして参考になればと思います。

哲学と書きながら、まずはアドラー心理学です。アドラーは哲学的要素もあり、個人的な話になりますが、自分が考えたことと同じことをアドラーが言っており、非常に考え方が近い人だと思っています。

複数回に分けて教育に結び付く点を書かせてもらいます。

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『嫌われる勇気』、読まれた方も多いのでは。

この中には教育や子育てに活用できる内容がたくさん書かれています。読むときによって心に刺さる部分が変わる、不思議な本です。

育児中の親にとって一番刺さるのは、「目的論」ではないでしょうか。「人間は怒りたくて怒っている」という部分です。

親が子どもを怒るのは、子どもが怒らせるようなことをしたからでなく、「怒って子どもに言うことを聞かせたい、自分の思い通りにしたい」という目的があるからである。その目的のために「怒りを捏造している」というのです。

親からすれば、「瞬間的にカッとなる怒りに、捏造も何もないのでは」と思うかもしれません。でも、少し立ち止まって考えると分かると思います。

親が子どもに怒るとき、多くの場合は「心、体、もしくは両方の余裕がない時」「時間がない時」で、言葉で説明する時間や気力のないときはないでしょうか。

他にも「何十回同じことを言っていて疲れた」「早く言うことを聞かせたい」「親の言う通りに動かないとき」「親としての世間体が悪いとき」など、言葉で説明するのがめんどくさい、説明できないときなどが多いと思います。

(「危険が及ぶとき」というのも、もちろんあります。これに関しては一概によくないとは言えません。子どもが危険なことをするのは瞬間的ですし、感情を表現した方が子どもがすぐに察するからです。ただ、やみくもな言葉で怒り逆に危険になるという可能性もあるので、「子どもがとるべき行動を言語化して怒る」方がよいでしょう)

だからと言って、単純に怒るな、という話をしているわけではありません。「怒りの前に目的がある」ということは、すべての親が自覚しておくべきことでしょう。そもそも「怒りは第二次感情である」とも言われますね。

悲しいから怒ってしまう、悔しいから怒ってしまうという、怒りの前の第一次感情がある。ほんとうなら、第一次感情を表現した方が、子どもにも大人にも響きます。

とはいえこれ、難しいんですよね。

だからこそ、覚えておきたい。怒りたくなったときや、怒ったときに、見直したいものです。

・自分は心や体に余裕を持てない生活をしていないだろうか?

・自分は子どもを自分の思い通りにしようとしていないか?

・子どもを下に見ていないか?

・世間体を気にし過ぎて、子どもの気持ちを見逃していないか?

と。

何度もそうやって考え、やがて目的を変えていきたいものです。

私の場合ですが、目的を子どもを一人の人間として尊重し対話することにして、怒りに変えてしまう原因となる環境を変えていきます。その過程に、いまはいます。