子ども哲学 Think&Debate

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「良い夫」「良い妻」の定義は死ぬまで変化し続ける

dual.nikkei.co.jp

こちらの記事、色々と思うところはものの、一番大切なのは「この夫婦は試行錯誤の途中」というところではないでしょうか。

「良い夫やめた!」って経験、結婚10年、20年の夫婦なら身に覚えがあると思うんです。「最初は頑張って良き妻・母親・嫁をやっていたものの、周囲の目に振り回されることに疲れ、自分らしさを大切にすることにした」という経験、多少なりとも皆あるのでは。

中田さんのこの記事を見たとき、「こういう時期もあったな」とも思いました。まず良い妻を目指し、でも疲れ果ててやめてみて、結局は中庸に落ち着く。どんな夫婦もあると思うんです。

自分だけを見てもあります。たとえば家事。はじめは家事を完璧にやるものの、疲れ果てて家電やお惣菜にガッツリ頼ってみて、でも料理は気分転換になるし自分の食べたいものが食べたいから、料理はして他の家事は家電に頼ろう、みたいな。仕事でも、育児でもあると思います。

「世間一般の定義→真逆の定義→自分らしさに落ち着く」という試行錯誤は、何にでもあるし、自分らしさを追求するにはきっと必要なことなのでしょう。

夫婦関係も夫だけ、妻だけではなく、お互いをすり合わせていくことになるんですよね。それでこそ「家族」だとも思います。

夫婦の在り方も、ライフイベントによって常に変化するでしょう。結婚当初・子どもが乳幼児~低学年の時期・子どもが小学校高学年以降・子どもが巣立ってから・親の介護・定年後・病気の時・片方が死んだ後でさえ捉え方は変化します。

その時々によって、夫婦の関係も、在り方も変わるんですね。「お互いにとっての良き夫・良き妻の定義」も、死ぬまで、いや死んだ後も変化し続けるんです。

今回の件も、良い夫やめる云々出なく、たとえば「帰宅時間を教えたほうが奥さんの気持ちが楽じゃないかな」とお互いの心地よさを求めていけば、今の2人なりの形が出来上がっていくのかなと思います。「やめました」でなく、「やめてみた」と途中であることの自覚があると良いんじゃないかな。

そんな私も、試行錯誤の連続の途中です。