親子育て 〜子どもと一緒に親になる〜

文章で子育て支援をしています。

いつの間に「こちら側」に来たのだろう。

小学生の長男を送る帰り道、小学生たちが「おはようございまーす」と私に挨拶をしていく。「おはようございます。」と返しながら、いつから‘こっち側’に立つようになったんだっけ、と思い起こす。

私が‘あっち側’にいたのは、ついこの前のことのようで。大人がいる、ちゃんと挨拶しなきゃって、ドキドキしながら挨拶したっけな。

いつの間にか気付いたら、挨拶される側に立っている。‘こちら側’と‘あちら側’に、大きな差なんてあるのかな? 大して変わらないような気もする。いつだ、いつこちら側に来たんだ。

1人目を産んだときは「お母さん」って呼ばれるのがくすぐったくて、でもすぐにその責任の重さを実感して。夜泣きとか、離乳食とか、イヤイヤ期とか、看病とか…対応しているうちに幼稚園に入園して、「保護者」になって。2人目が生まれ、3人目が生まれ、長男が入学し、いつの間にか私はこっち側に立っていた。

明確な「いつ」は、ないように思う。紆余曲折しながら、喜んだり、落ち込んだりしながら、いつの間にかこちら側に立っていた。

あちら側にいたときの私とは、やっぱりよく考えてもあまり差はなくて。年齢や経験は重ねてきたけれど、相変わらず大雑把だし、おっちょこちょいだし、ポーカーフェイスとかできなくて喜怒哀楽全て出てしまう。子どものためを思って頑張るものの、失敗も反省も多い。

あの頃自分の全てで完璧だと思っていた‘こちら側’は、こんなにも弱くて、不安定で、脆くて、未熟な大人たちからできているとは思わなかった。「おはようございます」と足早に学校へ向かうこの子たちも、いつか同じような感情を抱くのだろう。

そのことに甘えてはいけないと思いつつも、やっぱり未熟な自分は、今日もまた笑ったり怒ったりしながら子どもと過ごしていくのだろう。そして長男が高学年になる頃には、こんなことを考えたこと自体忘れてしまうのだろう。

いつかまた振り返ったときに、それでも自分なりに頑張ってきたと思えるよう、今と自分と向き合って頑張っていこう、そう思うのでした。